ヴィクトリア&アルバート博物館 "David Bowie is"

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ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で開催されているデヴィット・ボウイの全キャリアを総括する大規模回顧展「David Bowie is」
幸運なことに偶然ロンドンに行くことになり、現地でこの展示を鑑賞することができた。

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会場のヴィクトリア&アルバート博物館(V&A博物館)はデザインを主要テーマに掲げる1857年に建てられた国立博物館。300万点の常設展を誇るこの由緒ある博物館の企画展として「David Bowie is」は開催されている。

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実は、イギリスに訪れるのは今回が初めてで、ロンドン事情に疎い私は、この展示が百貨店の催し物コーナーで行われる程度の規模と想像していたため、そのギャップに非常に驚いた。

「国立博物館」で「存命の1人のミュージシャンのキャリア」をテーマにした展示が行われているのである。これがどれだけ異例なことであるか容易に想像できるだろう。日本で同じことができるアーティストは果たしているだろうか?

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日本に馴染みのないV&A博物館は一体どのような場所か。例えば、常設展はこのような感じである。

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博物館の中庭は大学のキャンパスの様で市民の憩いの場となっていた。ロンドンの他の国立博物館がそうであるようにこのV&A博物館も常設展は無料で入館することができ、しかも写真撮影は自由に許されている

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この展示は、入場日時が指定された前売り券が販売されていたが、既にそれはすでに売切れている。viagogoなどのオークションサイトでは、定価の数倍でこの前売り券が取引されている。
さらに、私が窓口で購入できたチケットは入場が2時間後に時間指定されたチケットで、指定された時間に会場の入口に行ってみると、ロンドンで初めて見る規模の行列ができていた。

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客層も本当に多用で、あらゆる人種であることはもちろん、老若男女、学生風の若者からビジネスマン、おしゃれな業界人風の50代くらいの男性、そして60~70代のとても素敵な洋服を召されたご婦人まで非常に多岐にわたる人達がこの会場に押し寄せていた。ただ、ここにいる人は全員「ボウイを愛している」という点は共通しているのだが。

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展示内容はデビューから現在までのボウイの足跡を、ボウイといえば真っ先に頭にその姿をイメージできる衣装、ライブ映像、ビデオクリップ、テレビ番組出演時の映像、手書きの作詞・作曲のメモ、そして本人のみならず様々な時代・場所でボウイと関わった人びとのインタビュー映像など、ボウイをありとあらゆる形で伝える要素が集められ、来場者の五感をフルに刺激して「David Bowie is」と問いかける展示構成となっていた。

それはまるで、彼の広大なキャリアの海を航海する旅とも言えた。

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そして、この展示を特別なものにしているのは、ゼンハイザー(Sennheiser)提供の音響効果である。美術館・博物館の音声ガイドの要領で、1人1台ヘッドフォンが渡され来場者はそれを装着して鑑賞するのだが、来場者の立っている位置、つまり来場者がその時に目にしている展示内容に合せて、ヘッドフォンから流れる音源が変わる仕掛けが取られていた。

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ヘッドフォンからは、私が視覚から得た情報を補完する形で、展示されている内容に深く関係する楽曲、つまりボウイの各時代の代表曲が流れてくる。本来なら自分の頭の中で再生される楽曲が、クリアで鮮明なステレオサウンドで、しかも絶妙のタイミングで自分の体験にインサートされるのである。

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ジギー・スターダスト、アラディン・セイン、デューク伯爵。ボウイが演じた数々のキャラクターの衣装、当時ボウイ自ら書いた楽譜・作詞のメモ、グラム時代やベルリン時代などの作品が生み出された当時の時代背景や空気感を伝える風景写真など、さまざまなボウイに関する情報・記号が、彼の楽曲と結束して来場者に「体験」として提供される。そんな生まれて初めての経験を、私は自分が最も敬愛するアーティストの母国イギリス・ロンドンで体験することができたのである。

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ボウイと関わりの深い証言者として、トニー・ヴィスコンティ、アレクサンダー・マックイーン、そして近年のパートナー、ジョナサン・バーンブルックもインタビュー映像を通じて彼らの考えるボウイ像を来場者に語りかけるのだが、そんな中でも山本寛斎は異彩を放つ存在だった。

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山本寛斎はこの展示の影の主役で、彼がデザインした衣装は40年経った現代においても過剰で異常で価値や評価を超越した強烈な存在感を放っていた。「この衣装が無かったら果たしてボウイはここまでの存在になれたか?」ふとそんなことを考えてしまった。

この衣装とボウイのパーソナリティとが猛烈な勢いで衝突し化学反応を起こしたことでDavid Bowieという伝説が生まれた。それは間違いないだろう。

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とてもとても長い時間、実際2時間近く私たちは会場内でとても幸せな時間を過ごした。そして、終盤のある部屋に出た時、それは最高潮を迎えた。

その部屋は三方の壁がビルの3~4階程度の高さの巨大プロジェクターで、そこに「Changes」や「All the young dudes」そしてもちろん「Heroes」を歌う巨大なボウイの姿が映し出されていた。
そこで私は、日本では決して考えることができない光景、ボウイと同世代と思われる綺麗に着飾ったマダムたちが、曲に身をゆだねながらボウイと一緒にその名曲を歌い上げていた。

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幅広い層に支持され、英国のマジョリティーとして君臨するボウイ。同世代に自分と同じような「信者」の友人を持てなかった私にとってそれは「聖地巡礼」に等しい体験となった。もちろん私も「we can be heroes, just one day…」と口ずさむ。

もしかするとこの展示が日本に来ることがあるかもしれない。でもこの部屋を日本で再現することは不可能だろう。だからこそ1人でも多くのボウイファンは現地でこの「体験」を味わって欲しい。本当に。